学習指導要領/教育の情報化

新学習指導要領がめざすもの

学習指導要領がめざすもの

私は、平成元年から学習指導要領の改訂に携わり、合計4回経験しました。学習指導要領が改訂されると、先生方はどの内容が増え、どの内容が減ったかという点に注目されることが多いように感じます。それも一つの捉え方ではありますが、私は学習指導要領を構造的に捉えた方が良いと考えています。

  1. Ⅰ. どのような子どもに育てるのか
  2. Ⅱ. 子どもにどのような力をつけるのか
    • (1)各教科等共通で育成する資質・能力
      知識・技能
      思考力・判断力・表現力
      学びに向かう力・人間性等
    • (2)各教科等における見方や考え方
  3. Ⅲ. どのような学習指導を展開するのか

    主体的、対話的で深い学び

大きく分けると、まず「どのような子どもに育てるのか」、次に「子どもにどのような力をつけるのか」、そして「どのような学習指導を展開するのか」という3つです。どのような子どもに育てようとするのかが分かれば、どのような力をつけるのかも明確になります。どのような力をつけるのかが明確になれば、どのような指導をするのかも見えてきます。従ってこの3つの中で、最も重要なキーになるのは「どのような子どもに育てるのか」です。

どのような子どもに育てるのか

この「どのような子どもに育てるのか」については、文部科学省から平成28年12月21日に公表された『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』の13ページに示されています。

育てたい力

  • ◆ 社会的・職業的に自立した人間として、我が国や郷土が育んできた伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、理想を実現しようとする高い志や意欲を持って、主体的に学びに向かい、必要な情報を判断し、自ら知識を深めて個性や能力を伸ばし、人生を切り拓いていくことができること。
  • ◆ 対話や議論を通じて、自分の考えを根拠とともに伝えるとともに、他者の考えを理解し、自分の考えを広げ深めたり、集団としての考えを発展させたり、他者への思いやりを持って多様な人々と協働したりしていくことができること。
  • ◆ 変化の激しい社会の中でも、感性を豊かに働かせながら、よりよい人生や社会の在り方を考え、試行錯誤しながら問題を発見・解決し、新たな価値を創造していくとともに、新たな問題の発見・解決につなげていくことができること。

『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』13ページより

これを私なりに表現しますと、「自立する人間」「他者とかかわる人間」「自己を変容(成長)させる人間」という3つのキーワードでめざす子ども像が見えてきます。 最初の「自立する人間」を言い換えれば、主体的な人間を育てることです。そして、「他者とかかわる人間」については、人は対話を通じて関係性を構築しますので、対話的という言葉につながります。さらに、「自己を変容(成長)させていく人間」というのは、自身の学びが深くなっていくことを指すわけです。つまり「主体的・対話的で深い学び」は、答申で示されためざす子ども像から導き出せます。

「すべ」という概念を取り入れて、
子どもたちに「すべ」を獲得させる。

子どもにどのような力をつけるのか

めざす子ども像が分かれば、次に「子どもにどのような力をつけるのか」です。今回の改訂では、教科等で共通する資質・能力を育成することと同時に、各教科等における見方・考え方を示しています。教科で共通するものと、教科ごとに固有のものという2つで、子どもたちに身につけさせたい力を示したのが、今回の学習指導要領の大きな特色です。

しかし、「具体的にはどうするのか」が課題になります。教科等で共通する資質・能力については、私が初めて学習指導要領に携わった平成元年のときから、ほぼ同じことを言っていました。それが「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力」。そして、「学びに向かう力・人間性等」です。それらを法的に定めたのが、学校教育法の第30条の目標規定です。しかし、そこで示された思考力や判断力をどのようにして育成するのか。あるいは、知識や技能をどのようにして育成するのか。また、学びに向かう力や主体的に学ぶ力をどのようにして育成するのか。この30年間、言葉としては掲げられていたけれど、具体的な方法が確立されていなかったということです。

そこで、私が提案したいのは「すべ」という概念を取り入れて、子どもたちに「すべ」を獲得させるということです。ここに集まりの先生方は、教育工学的なセンスをお持ちだと思いますが、教育工学では要素を分析して状況を整理していきます。今こそ、そのやり方を取り入れなくてはならないと考えています。

昔は、いわゆる「名人芸の授業」というものがありました。そして、名人の授業を見て、見たことから学べと言われてきました。しかし、何を学ぶのかは一切言及されませんでした。今は、名人芸から学ぶことができない先生方が増えています。ですので、これからの先生方には、「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力」、「学びに向かう力・人間性等」を、どうやって子どもたちに身につけさせるのかを、ブレークダウンして「すべ」として伝えていかなければならない時代に入っていると考えています。

知識・技能の習得

例えば、国語科で漢字などを覚えさせる際、よくやられているのは10個ぐらいの漢字を書いたプリントを子どもたちに配って「明日までに一生懸命練習してくるように」といって宿題を出します。さらに、「明日は、その漢字のテストをするからね」と言って、権威と脅迫による教育をやってきました。

しかし、これではだめだと私は思います。10個の漢字があったとして、10個全部を覚えたい子どもは全部に取り組めばいい。10個のうち1つしか覚えたくない子どもは、1つでもいいとするのです。つまり、10個のうち何個を覚えるかは、子どもたちに任せて選択させるわけです。

このときに必要なのは「覚え方」を教えることです。例えば、「朝10回書いて、お昼にも10回書いて、夜も10回書いてごらん」「寝る前や翌朝にも10回ずつ書いてごらん」というふうに漢字の覚え方を教えてあげます。

そして翌朝になると、子どもたちは必ず「先生、僕1つ覚えたよ」と言うわけです。そのときの先生方の対応が大変です。日本の先生は、皆さん非常に優秀な方なので、思わず全身全霊を傾けて「たった1つ?」と言ってしまいがちです。そんなとき、「君は、やればできるんだね!」と言ってあげれば、どうなるでしょうか? こうすると、子どもの反応が変わり「明日もまた、1つやってくるね」と言うわけです。そして、「また明日も見せてね」と言ってあげ、それを10日続ければ、10個の漢字を覚えることができます。

  1. (1)知識や技能の獲得:繰り返しが必要 → 飽きる
  2. (2)飽きない工夫
    • ① 自分で目標の設定:覚える漢字を1つ決める
    • ② 目標の実現を実行:朝、昼、晩、寝る前、翌朝
    • ③ 実行結果の評価 :自分で覚えたかをチェック

私は、このやり方に自信を持っています。私が広島大学在職中に、県内のある学校でこのやり方をやってもらうと、基礎的なものは7〜8割が身についています。「すべ」を身につける。自分で何を覚えるかを決定する。その覚え方を自分で把握する。そして、自分が覚えたことと目標とのずれ、つまり偏差を自分で克服していくわけです。そのとき、自信を持たせるために必要なのは「やればできるんだね」という言葉です。これを、知識や技能を覚えるときの一つのやり方として、私は提案したいと思います。

思考力の育成

しかし、「知識・技能」を覚えることばかりしていて、自然に学力が高くなるのか、あるいは人生が豊かになるのかというと、そうではありません。やはり、そこには「思考力・判断力・表現力」という力をつけなくてはなりません。

思考力を育成するために、「今から5分間与えるので、一生懸命考えてください」と言っている場面を見かけます。さらに、資料を出して「この資料をよく読んで、考えてごらん」と言うわけです。それでは物事を考えることはできません。与えられた資料を「どんな視点で読むのか」「何と比べるのか」が分からないからです。

私は、「考える」という言葉は使わない方がいいと思っています。「比べてごらん」とか、「既習をうまく使ってごらん」とか、「関係づけてごらん」といった言い方で、子どもたちに「関係づける」とか「比べる」といった「すべ」を持たせれば、子どもたちは自然に考えられるようになります。

  1. (1)思考力の育成
    • ① 比較
    • ② 関係づけ

月の形を例に取ると、単に満月の写真を見せて「この写真から考えろ」と言っても、何も考えられません。ところが、満月を見せた後に、5日後の下弦の月を見せると、満月の月と下弦の月を対比できるようになります。すると、「あれ? どうして形が変わるんだろう」と疑問が持てるようになります。違いがあれば必ず「なぜ」という言葉につながっていきます。これが、「考える」ことの大きなきっかけになります。だからこそ、比較するとか違いに気づくといった力を子どもたちにつけておく必要があります。

私が7年間通い、共に研究に取り組んだ川崎市立東菅小学校では、「考える」という言葉を使うことをやめ、「比べてごらん」「関係づけてごらん」「学んだことを使ってごらん」という言葉に変えていきました。そうすると、学力テストの成績が10ポイントほど上がりました。やはり、「考える」という言葉ではなく、「比べる」「違いに気づく」「関係づける」あるいは「既習を使う」といった言葉にすることが大事だと思います。

例えば、体育で比べるときには、問題意識を生じさせるために、自分の体の動きと上手な人の体の動きを対比して、同時に見せてあげます。そして「何が違う?」と問い掛けると、体の向きが違ったり、脚の上げ方が違ったりという違いに気づきます。それが速く走ったり、遠く飛んだりすることへの解決につながるわけです。

2つのものが同時に提示されたときに、その「違いを発見する」という力。これがなければ、やはりだめです。ですから、そのためには普段の授業の中で違いを発見する力をつけなければいけません。

算数や数学では「今日はこの問題を解こう。一生懸命考えて」という言い方をするのではなく、「昨日の問題はこうだったね。でも、今日の問題はこうだね。何が違うの?」と問い掛けます。そして、子どもたちが違いに気づいたら「昨日の問題をもとに、今日の解き方を考えてみよう」と言えば、子どもたちは昨日学んだことを思い出せます。

必ず最初の目的に立ち返って、
振り返る習慣を身につける。

判断力の育成

次に、判断力を育成するということは、どういうことなのかを掘り下げてみたいと思います。子どもたちが、判断ができないのは目的や目標を見失っているからです。ですから、目的や目標に返す習慣をつけなければなりません。

例えば、子どもが「僕、どうしていいのか分かんない」と言ってきたとしたら、皆さんはどう答えられますか? こうしたとき、先生がよく言ってしまうのは「よく考えてごらん」という言葉です。どうしていいか分からないのに、「考えてごらん」と言っても解決はできません。そういうときは「あなたは何がしたいの?」という言葉で問い掛けてみてはどうでしょう。そうすれば、子どもは「僕は、こういうことがしたかったんだ」と再認識して、自分でいろいろな選択肢を見つけ、一番良い選択をしようとします。

この点について、普段の授業から徹底的に変えなければいけないことがあります。それは、一番初めに「学習の問題」や「学習のめあて」を明確に書いて示すことです。そして、それに基づいていろいろな活動をやって、最後のまとめのときに最初に示した学習の問題とまとめを整合させる。この習慣が、判断力をつける一番大きなポイントになります。つまり、必ず「目的意識」に返す習慣をつけていくことです。

  1. (1)判断力の育成
    • ① 問題や方略の設定
    • ② 設定した方略と、方略を実行して得た情報を対応させ関係づけ
    • ③ 実行結果に関する適切な情報の選択

例えば、理科ではいろいろな実験をします。このときも、よく「この実験結果から、何が言える?」と言ってしまいがちですが、「今日のこの実験は、どんな予想や仮説に基づいていたの?」と問い掛けます。ある予想と仮説に基づいて実験を行い、それが実験結果として出たのか、出ていないのかを判断する。それが、実験結果を読んだり、表を読んだりする見方です。そして授業の最後に、例えば、「振り子の運動の変化が、何に関係するかを調べたかったんだよね。それに対して、今日みんなで実験した結果からはどういうことが言える?」という形で問い掛けると、最初の目的に立ち返り、自分たちがやったことを振り返る習慣が身につきます。この原理はどの授業も同じです。

先生方も、振り返りはよくされていると思います。しかし、振り返るときには何に対して振り返るのかが大事です。最初に掲げた「授業の目標」や「授業のねらい」に対して振り返る習慣をつけること。これが判断力を育成する最も大きなポイントです。

表現力の育成

現在は、とにかく何かを書かせれば表現だと捉えられているように感じます。しかし、表現力を育成するには2つのポイントがあります。まずは、表現すべき内容を確実に持たせること。そして、それを的確に表出する力をつけることです。

  1. (3)表現力の育成
    • ① 表現内容の獲得
      方略を実行し、結果を得る
    • ② 的確な表出
      方略の実行結果を、目的や見通しに対応させ、整理し表出

表現すべき内容を持たせるときに「実験をすれば、表現すべき内容を子どもに獲得させられる」あるいは「社会見学に行けば、表現すべき内容が得られる」と考えると、大きな落とし穴が待っています。社会見学を例に取ると、1日かけた社会見学の後、子どもたちに「社会見学を通じて学んだことを書きましょう」とか「まとめを書きましょう」と言うと、彼らは非常に羅列的に書き並べてしまいます。それは、社会見学で「どの情報を取るのか」という考えがないからです。ですので、表現すべき内容を獲得させるためには、明らかな目的意識を持たせた上で、行動したり活動したりする習慣が必要なのです。理科の実験でも、社会科の資料を読むときでも同じです。資料を読ませただけでは書くべき内容が得られませんので、子どもによってはむちゃくちゃに書いてしまうこともあります。しかし、それが当たり前なのです。子どもたち1人ひとりに目的意識がないのですから。だから、いかに目的意識を持たせて活動させるのかが、とても大事になります。目的意識の下に情報を集め、整理しなくては、書くべき内容は得られません。

また、先入観が手段と目的を混同させてしまうこともあります。小学校の理科で実験結果を書くときを例に取ると、水温が何度のときに何グラムが溶けたかという実験では、ほとんどの教科書で実験結果が棒グラフで表されています。だから、みんなに「棒グラフを書かなければいけない」という先入観が植え付けられているようです。しかしこれは、少し考え物だと思います。水の温度と溶ける量の関係だから、それを表現するのは表でも構わないはずです。しかし、いつの間にか「棒グラフにする」という手段にとらわれて、目的意識を失った情報の整理の仕方をしているのではないでしょうか。

(2020年2月掲載)