学習指導要領/教育の情報化

情報教育の「核」 黒上晴夫(関西大学 教授)

情報教育の「核」となる力

情報教育の目標の一部にICTを活用するためのスキルの習得が含まれています。しかし、技術の発展とともに、必要なスキルは変化します。例えば、スマートフォンを利用する今の若い人たちにとっては「キーボード入力」よりも、「フリック入力」が身近な入力方法になっているでしょう。これらがやがて、次世代のICT活用に必要なスキルにとって変わる可能性もあります。

したがって、スキルに関わる教育目標は、少なくとも今教えている子どもが10年後に利用することも考え、最先端のものも取り入れながら柔軟に変えていかなければならないでしょう。

一方で、時間が経っても変わらない、情報教育の「核」となる部分、力があります。

私は、その力を、情報を理解し、組み合わせて利用するなどの「(内容としての)情報を処理する力」だと考えています。私たちは、この「核」となる力で情報処理したものを、「キーボード入力」や「フリック入力」といったICT活用のスキルを用いて表現しているにすぎないわけです。

情報処理はあらゆる学習場面の中に

私は、情報教育の「核」となる力は、学校教育のあらゆる活動と関係があると考えます。

例えば、図書教育においても、本からさまざまな情報を調べ、集まった情報をまとめ、発信するといった活動が行われています。また、図書館はさまざまな情報がカテゴリごとに分けられ、整理されている場所です。子どもは、図書館という場を利用することを通じて情報の分類について学んでいると考えられるでしょう。

このような、子どもの頭の中で情報を整理させ、課題に応じて情報を組み合わせるといった情報を操作する活動は、さまざまな学習場面の中で行われています。それが算数のしきたりの中なのか、理科のしきたりの中でやるのか、という違いがあるだけです。

「言語活動」を通じて思考力を育む

新しい学習指導要領では、「言語活動の充実」が謳われています。また、思考力、判断力、表現力といった「教科全てを貫く能力概念」が強くアピールされています。

言語活動というと国語というイメージがありますが、言語活動は国語だけで行うのではありません。数学の証明では、ある決まった形を守りながら論理的に証明を書くというような言語活動が行われていますし、社会では、さまざまな事象を言語で説明するような言語活動が行われています。

このように、さまざまな教科の中で言語活動が行われており、「言語を使って考えるという情報処理」が行われていることがわかります。

また、学習指導要領では「言語」というニュアンスがより広く捉えられています。文章などの「連続型テキスト」だけでなく、図やグラフ、表などの「非連続型テキスト」も「言語」の一つに含まれるようになりました。

その側面から見ても、言語活動は国語の枠を飛び出し、さまざまな学習場面に含まれていることがわかります。言語活動は、元々あった「さまざまな教科の中の言葉の教育」と、「言語という言葉の概念が広がったこと」のその両方の理由で全教科、学校教育全般に渡って広がっているのです。

来年ではなく10年先を見据えて

学習指導要領の実施にむけて、多くの学校や教育委員会で「言語活動の充実」にむけ、国語を研究テーマに実践が進めてられています。各教科指導の中での言語活動について突き詰めて考えている学校も増えてきています。

しかしながら、学力向上のねらいの下、単純な目先の成果を求めた活動が言語活動として行われているケースもあります。「言語活動の充実」の本来のねらいとは異なった方向で理解されています。言語活動がめざすところは、思考力の育成です。自分自身の頭で考える力、「思考のエンジン」を育てることです。これはすぐに結果が出るものではなく、時間をかけて育むものです。

しかし、為政者は教育にすぐ見える成果を求めがちです。「今年学力テストで最下位だったから、来年は1位に・・・」といった目先の成果にとらわれた対処療法ばかりが注目されます。

私は、そのような対処療法的な教育は「いち早く正解を手にしたい」というだけの子どもを育ててしまうのではないかと懸念しています。もちろん、そのような能力が必要な場面もあるけれど、現代社会は答えがない事象ばかりではないでしょうか。答えがない問題に対して、ほかの人の意見を聞き、理解し、それらを調停しながら解決に向けて進んでいける人間の育成こそ、今必要ではないのでしょうか。だからこそ、今、思考力を育てるという教育を行ってほしい。「来年」ではなく、「10年先に」という長いスタンスで教育を見てほしいと思います。

思考技法を身につける授業

では、どのようにして情報を処理する力、思考力をつけていけばよいのでしょうか。

2つの方法があると思います。それは各教科指導の「中」か「外」で身につけるということです。

後者については、例えば関西大学初等部では、総合的な学習の時間に図書教育を通じて子どもの思考力を伸ばす活動を試みています。「○○博士になろう」という低学年の実践では、乗り物や恐竜など興味のあるテーマについて、本を使って情報を収集し、まとめ、自分の「辞典」を作るという活動を行っています。

情報を集めるために必要な本を探すとき、子どもは大きなカテゴリを見るだけでなく、その下の細かなカテゴリを探さないと見つけられません。こうした活動、経験を通じて子どもは「概念の上下関係」を知るでしょうし、それぞれのカテゴリにおける語彙もいっぱい獲得していくと考えています。当たり前のようですが、子どもにとって物事の包含関係はそんなに意識されているわけではなくて、例えば、犬とダックスフントが同じ階層で考えられている可能性があるのです。それを徐々に階層化していくことから始まって、やがて犬と猫は具体的にどう違うのか、など考えられるようになるわけです。

私は、このような学習活動が、思考力を育み、情報教育の根底を支えると思っています。物事を比較して考えるための視点や方法などの思考技法を教えたいのです。そして思考技法だけを取り出して教えることもできるのではないかと考えています。そのスキルを活用して、情報をまとめ、自分の意見として組み立て、最終的にはそれを人に伝えるということまでできるようにしたいのです。

本校の取り組みは始まったばかりです。このような時間を年間10時間程度とり、学んだ思考の方法を、今度は他の教科や総合の時間などで利用していきたい。例えば、比較するための手法として学んだベン図を今度は理科で使ってみようとか、そういった広がりも考えています。

教科横断的な情報教育のカリキュラム

学習指導要領を読み解き、「教科横断的な情報教育のカリキュラム」を作っていかねばならないと考えています。今、学習指導要領の各教科の記述を分析していますが、例えば、記述の中には、「比較する」などのキーワードが散りばめられています。

「比較」という言葉を一つとっても、学年、教科によってその書きぶりはさまざまです。学年が上がるにつれて比較対象が複雑になることや、「比較」という行為からやがて「分類」という行為に思考の段階が変化することもわかってきました。

今後、小学校における思考の発達段階を明確にし、カリキュラムを作り上げていきたい。そして各学年で必要な思考技法を学ばせ、それらを各教科指導の中で「活用」させるようにしていきたいと思っています。それが、2つめの方法になります。

「活用」「探求」する活動の充実を

先生方には、学習指導要領で謳われている「習得」「活用」「探究」のうち、特に「活用」について考えていただきたいと思います。子どもたちが各教科で学んだ知識を実社会や実場面につなげて考えるような学習場面を、是非検討していただきたいです。これは指導書には頼れない部分です。学校の環境をはじめ、子どもたちの生活経験はさまざまに異なります。子どもたちの生活経験にあてはまるシーンを検討して授業を進めていただきたい。

しかし、これらの活動を充実させるためには、授業時間が足りないことと思います。したがって、一年間の中でこの単元はパワーをかけてじっくり行って、この単元はデジタルコンテンツを利用してさっと流す、など年間を見通した指導計画がより重要になってきます。子どもにつけたい力を意識して、メリハリをつけた年間の指導計画を立ててほしいと思います。

また、総合的な学習の時間は「探究」の場として、とても重要な時間です。子どもたちに、新しい課題、大人でも解答が出てこないような今日的な課題に取り組ませていただきたい。そして、さまざまな問題に気づくことができるように、子どもたちが自ら進んで考えるような仕掛けを授業の中でしていただきたいと思います。その上で、どのように考えることができるか、望ましいかのモデルを見せて行くことが重要です。

先生の道具としてICT機器を使いこなす

総合的な学習の時間の解説の中で、さまざまなICT機器を紹介しています。今、子どもたちの思考を深化させたり、情報を収集したり、自分の考えを表現するために有効なツールがたくさんあります。

例えば、ベン図やグラフ、写真などのビジュアルを基に思考させる場合は、それらを先生がスムーズに提示できなければならないでしょう。実物投影機や電子黒板などはそのような場面で有効なICT機器です。

今後、先生方の一つの「道具」として、ICT機器をより有効に活用することがますます求められるでしょう。

(2011年1月掲載)