ICT活用教育のヒント

堀田龍也

校内ネットワークは水道のようなものだ

校内ネットワークは水道管にあたる。校内ネットワークが整備されていれば、校内の各地でインターネットが使える。情報も共有できる。校内ネットワークは床の下や壁の中に隠れているが、私たちに確実に利便性を与えてくれる。私たちの目にはあまり触れないけれども、確かに校内ネットワークが引かれているおかげで、私たちはいつでもどこでもネットワークから情報を得ることができる。

校内ネットワークが整備されていないのは、水道管が家の中に引かれていない井戸の時代と同じである。そして井戸の時代の人たちがそうであったように、水道の便利さは想像できず、井戸があるだけで便利だと考えるのだ。すなわち、校内のいたるところでネットワークが使えることの便利さがわからないまま、学校に1本だけ来たインターネットだけでありがたがってしまうのだ。

校内ネットワークを使いこなす人は、それがあるのが当たり前の仕事の仕方をする。校内ネットワークが整備された学校の子どもたちは、それが当たり前の学習のインフラになる。仕事や学習の環境が、校内ネットワークがあることが前提に進むのだ。考えてみれば、実は世の中、多くの会社には社内ネットワークがあり、情報の共有は当然のこととして考えられている。校内ネットワークが整備され、その上で仕事や学習が進むというのは、実は「世間並み」のことなので取り立ててめずらしいことではない。

一方、校内ネットワークを体験していない人は、井戸の時代の人のように、その便利さや必要性がわからない。一度活用したら、活用することが当たり前の生活になるのに、使ったことがないからわからない。もしも、教育委員会や校内の情報化の担当者が、校内ネットワークを体験したことがなければ要注意だ。水道のある生活を知らずに、井戸で満足しているからだ。校内ネットワークの必要性がわからないから、おそらく予算確保も、校内ネットワークを前提とした校務分掌や学習成果の蓄積もイメージできない。予算も人材もそこに回ることはない。

これは不幸だ。インフラ整備が進まずして教育がよくなるはずはない。

(2004年9月掲載)
「学校LAN学事始」(高陵社書店)第1章より抜粋

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