ICT活用教育のヒント

「教育の情報化とIT活用教育」コラム 原克彦

子どもと携帯電話

1回目のこのコラムで、情報機器に関する教育の疑問として携帯電話について取り上げました。それからわずか3ヶ月の間に、携帯電話を利用した事件や犯罪がいくつも発生していることは、ニュースなどですでにご存知のとおりです。その中でも、未成年の子どもたちが携帯電話を媒介して巻き込まれるケースは、情報社会を構築している大人たちに重大な責任があるのではないかと思います。

その報道などを見聞きしていると、情報社会の現状に対する学校現場責任者の認識の甘さを感じます。さまざまな事件に児童・生徒が巻き込まれていることに対して、学校が今後どのように取り組んでいくかということについてほとんど言及されず、対応の先行きに大変不安を感じます。

最近の携帯電話の普及を見ていると、小学生の段階から所持して自由に利用しているという実態があります。1960年代、各家庭に電話が普及した頃には、子どもが電話を利用する機会と言えば、学校でどうしても連絡が必要になった場合(忘れ物をした、熱が出たなど)や、自宅での友達への連絡など、多くの場合、保護者の目の届く範囲での利用でした。

その後、公衆電話の普及と共に戸外でも利用できるようになり、次第に親の目の届かないところでの利用が可能になってきました。そのことで、本人の判断で自由に電話が利用できるようになりましたが、直接子どもに電話がかかることはなく、まだ外界から子どもたちは守られていました。

それが、携帯電話の登場で、直接子ども個人に情報が届くようになり、子どもに高度な判断力が要求されるようになってきました。ところが、十分に情報活用に関する教育を受けていない段階の子どもたちが、巧妙な意図を持った大人からの情報を正しく判断するというのは、自ずと無理があることは明白です。

このような事態になったのは、携帯電話の普及や仕組みそのものにも問題があったのかもしれません。例えば、子どもが利用する携帯電話に制限を設け、保護者が許可した番号以外との通信はできないようにするなどのことは容易な技術です。仕組みそのものを作るのは企業の責任であり、その仕組みを選ぶのは保護者だと私は考えています。

携帯電話を普及させる側、それらを利用する社会、そして学校教育の現場が、真剣にこの問題に取り組まなければ、取り返しのつかない情報社会になる可能性があります。新しい情報機器が今後も開発され普及すると考えられますが、それらがもたらすさまざまな問題について事前に協議し、企業も真摯に受け止め適切に対応し、健全な情報社会を構築するような仕組みが望まれます。

(2003年7月掲載)

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