学習指導要領/教育の情報化

教育におけるICT活用の現状とこれから 中川一史(放送大学 教授)

進むICT整備、各教室にデジタルテレビも

文部科学省の「平成22年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」では、コンピュータ1台あたりの児童生徒数は6.6人。校内ネットワークの整備率は82.3%と、100%にかなり近付いてきました。

また、電子黒板の整備台数は2009年のスクールニューディール政策以降、かなり伸びました。現在、6万台以上が整備されています。

しかし、全ての学校、教室に導入されているわけではありません。むしろ、多くの教室には、電子黒板よりも大型のデジタルテレビが多数導入されてきています。

家庭科室、理科室等、特別教室でも活躍するICT

では、これらのICT機器はどのように活用されているのか。

例えば、家庭科の調理実習の授業では、先生が包丁の使い方を解説した動画を予め撮影し、電子黒板で繰り返し提示されていました。初めて包丁を使う子どもが多く、先生は大きな画面でしっかりと包丁さばきを見せ、滑りやすく、けがをしやすいポイントはどこか、どうすれば安全に使えるのかを理解させていました。

危ない手つきの子どもがいれば、授業を止め、電子黒板に接続した教材提示装置で先生の手元を大きく写し出し、正しい包丁の使い方を確認させていました。

ICT機器の整備以前は、子どもを教室の前に集めてこのような説明をしていました。時間がかかり、また包丁を扱っているため、危険も多く、先生方も配慮が必要だったと思います。しかし、大型提示装置があれば、席に座らせたままで注意点を確認でき、すぐに実習を再開できます。これはICTの活用効果の一つです。

また、理科の授業では、先生がアルコールランプの火の付け方の手順を教材提示装置で撮影して、大型提示装置で見せたりしています。席に座ったままで理解させられるので、いたずらに子どもたちを移動させる必要がありません。家庭科室、理科室でもICT機器は欠かせない存在になってきました。

体育の授業でもICTが大活躍しています。ある学校では、体育館に電子黒板が設置されてあり、子どもたちが台上前転をする様子を撮影し、追いかけ再生で提示していました。

自分の跳び方を先生と一緒に確認し、先生は「手首曲がっているよね。ここ注意して」とアドバイス。子どもは「本当にそうだな」と反省して、また練習に戻っていくのです。

その場で、スロー再生したり止めたり、コマ送りをしたりして確認できるのもICTならではの使い方です。

「教育の情報化」の3つのフェーズ

このような「教育の情報化」は、いくつかのフェーズに分かれて進んでいます。

1つ目は、「教員のICT活用」です。

文部科学省が平成23年4月に公開した「教育の情報化ビジョン」の中で、「21世紀にふさわしい学びの環境とそれに基づく学びの姿(例)」として教育の情報化の姿を図で表しています。

図には「教員による活用」「個別学習」「一斉学習」「協働学習」の4つのICT活用シーンが描かれており、中心には教員がICTを活用して校務を処理する姿が表されています。

これまで多くの先生方は、手書きで成績付けなどの校務処理をされてきましたが、今はコンピュータを利用してデジタルで集計するような使い方が始まり、効率的に処理することが焦点になっています。

普通教室でのICTも日常的に

2つ目は、「普通教室におけるデジタルテレビや電子黒板、デジタルの教材などのICT活用」です。

例えば、これまでの算数の授業では、ノートに解いた問題を子どもがチョークで黒板に書き写して発表していましたが、これからは自分が書いたノートを教材提示装置で撮影し、大型提示装置などに大きく写して紹介する姿に変わってきます。時間の効率がよいだけでなく、書き写しの間違いが出てくることもありません。

子どもの視線を画面に集中させ、おさえたい部分をしっかりと確認させる、そういった活用にもICT機器は重宝されています。

また、以前は大きな三角定規を使って、子どもに手伝ってもらいながら黒板とチョークで定規の使い方を説明していましたが、教材提示装置やUSBカメラと大型提示装置を組み合わせれば、子どもたちが持っている三角定規をそのまま使い、手元を写しながら直角の線の引き方、鉛筆の当て方などを確認できます。これもICT機器ならではです。

このように、普通教室でのICT活用が「わかる授業」に非常に効果的であることが多くの先生方に認識されてきています。

普通教室で「子ども」がICTを使う

普通教室でのICT活用~重点ポイント~今後は、教員がICTを使うだけではなく、これまでコンピュータ教室で子どもたちがICTを活用していたように、普通教室で「子ども」がICTを活用する授業にシフトしていくと考えています。そして今、文部科学省のいう「協働学習」のような、グループやクラスでさまざまに考えを話し合いながら高めていくような授業でノートPCなどの情報端末をどのように活用できるのか、注目が集まっています。

例えば、フューチャースクールのように、情報端末を教室の中に持ち込むと、個別に学習する場面ができます。しかし、個別の学習だけで1時間が終わるわけではありません。つまり、1時間の中で「個別」「協働」「一斉」の学習をどうしたらうまく切り替えられるのか。ICT機器もその切り替えをスムーズにできないと授業が台無しになってしまいます。

思考を途切れさせない授業支援の仕組みが必要

東日本のフューチャースクールでは、普通教室でノートPCなどの情報端末を活用できる授業支援システム『SKYMENU Future School』が利用されています。

先生方や子どもたちはタブレットPCを使い、教室の電子黒板には複数の子どもたちの画面が映っています。そして、先生は特定の子どもの画面を選び、「Aさん、よいことを書いているから説明して」と声をかけると、パッと電子黒板にAさんの画面が転送されます。

先生が判断して発表するまで、ストレスなく、テンポよく授業が行える、そのような仕組みがきちんと整備されていないと、子どもたちの思考が切れて授業が台無しになってしまいます。

「個別の作業」と「全体に見せる」こと、これらの行き来がスムーズになるような仕組みとして『SKYMENU Future School』は実証校で非常に重宝されています。

韓国・PCだけで授業を展開 ━日本の向かう姿は?

児童生徒1人1台に先進的に取り組まれている韓国では、子どもの机の上にはタブレットPCしか置かれていないという例も見られました。タブレットPCの中に教科書、ノートの機能がある「All in One」の考えで整備されています。

では、これが日本の向かう姿なのでしょうか。私は「No」だと考えています。紙の教科書には、どこでも持っていける、バッテリーが切れる心配もない、すぐに書き込める、消せるといった紙のよさがあります。一方で、情報端末にも当然、便利な点がたくさんあります。

日本は、デジタルの教材と従来のアナログの教材のそれぞれよいところを、両方使い、組み合わせながら授業を組み立てていくことが大事だと思います。

PC教室のノートPCを普通教室で利用する

フューチャースクールのような先進的な整備が行われているのは、全国でわずか30校程度です。このような整備は各地方自治体に予算がなく、すぐに整備を進めることは難しいでしょう。

現実的な対応しかし、全国の学校にはコンピュータ教室がほぼ100%あります。今後の整備では、今までの持ち運びできないデスクトップ型のコンピュータから、ノートPCや可搬型の情報端末を整備する地域が増えてくるのではないでしょうか。

ある地域の学校では、コンピュータ教室にあるノートPCを教室に持ち込み、授業で使って、またコンピュータ教室に返すという運用をしています。普段、授業をしている教室には、さまざまな掲示物もあり、使い勝手がよく、教室でICT活用をしたいという先生方も増えてきています。今後、ますますこのような使い方が増えてくるのではないでしょうか。

情報モラル指導、子どもに本当に伝わっているか?

3つ目は、「情報モラル指導の重視」です。

子どもの携帯電話所有率は年々上昇しています。小学校では24.7%、中学校では45.9%、高等学校に至っては95.9%とほぼ100%です(子どもの携帯電話等の利用に関する調査結果,文部科学省,2009)。

「教育の情報化ビジョン」にも、『学校では、家庭、地域および関係機関と連携しながら、情報化の光と影の影響の両面を十分理解した上で、情報モラル教育に取り組むことがますます重要』と記されています。

学習指導要領の道徳にも情報モラル指導の記述が入ってくるなど、教育委員会の担当者の方であれば、誰もが指導の仕方を課題に思われているのではないでしょうか。

また、現場の先生方からは、指導に対する不安の声を伺います。モラルの指導は、大事なことを板書にまとめても「~をしてはいけません」と伝えて子どもが「わかりました」と答えても、「本当にわかっているかどうかはわからない」という難しさがあります。

指導のポイント:「失敗体験」から学ばせる

情報モラル指導は、子どもに「失敗経験」をさせ、携帯電話のさまざまな問題が「自分に身近な問題である」と実感を持たせられるかどうかがポイントだと考えています。

そこで、私や教育委員会、学校の先生方とSky株式会社の共同研究で『SKYMENU Pro 仮想携帯』を開発しました。仮想携帯は、子どもたちにとって身近な携帯電話をコンピュータ上で疑似体験でき、程よい失敗を体験させられるツールです。このようなツールはなかなかありません。

そして、情報モラル指導用の教材は多々ありますが、教材だけでは先生方もどう扱って指導してよいのかわからない場合が多くあります。仮想携帯は、モデルとなる授業やさまざまなテーマの授業の指導案を記載した「実践ガイド」や授業で利用できるプリントやワークシート、提示教材などをまとめた「教材セット」が提供されており、先生方が指導に臨みやすい工夫がされています。

さらに、最新の仮想携帯では、より多くの先生方が携帯電話の情報モラル指導に取り組めるように、校内研修などで利用できる資料をまとめた「研修セット」も用意しています。ぜひ役立てていただければと思います。

これまで述べてきたように、教育におけるICT活用の直近の課題としては、「教員の校務支援」「普通教室でのICT活用」「情報モラル教育の重視」、この3つのキーワードを重視すべきでしょう。

(2012年6月掲載)