授業でのICT活用

“主体的・対話的で深い学びを実現するICT環境を 段階的な導入と安定性を重視

鹿児島県志布志市は、大型テレビや実物投影機を全普通教室に常設し、さらにタブレット端末を186台整備しています。教員1台の活用から複式学級での1人1台の活用まで、幅広いシーンで進む同市の取り組みについて、志布志市教育委員会 梶原 淳 参事兼指導主事、池田 大樹 ICT支援員、そしてICT活用推進のアドバイザーとして関わられている鹿児島大学の山本 朋弘 准教授にお話しいただきました。

梶原 淳 参事兼指導主事/池田 大樹 ICT支援員/山本 朋弘 准教授

全21校にタブレット端末を整備

梶原氏:当市は、鹿児島県東部に位置し人口約3万人の都市です。市内には21校の小中学校(小学校16校、中学校5校)がありますが、小規模の学校が多く、複式学級が5校で編成されています。

ICT環境については、平成18年度までに市内全校の無線LAN環境の構築が完了。平成28年度に全普通教室に電子黒板機能付きの大型テレビや実物投影機などを整備し、全普通教室のICT環境を統一しました。現在では、すべての先生方がICTを日常的に活用して指導できる環境が整っています。

タブレット端末については、当初の計画では、平成30年度のコンピュータ教室の機器更新整備に合わせて、ノートPCから置き換えて整備する予定でした。そこに「学力向上に向けてタブレットを整備してはどうか。」という話が持ち上がり、普通教室への大型テレビや実物投影機の整備とほぼ同じタイミングでタブレット端末186台の整備が実現しました。

山本氏:タブレット端末の導入が想定より早く実現したわけですね。志布志市のタブレット端末整備は独特で、異なる3つの整備形態が混在しています。なぜこのような整備をされたのでしょうか。

梶原氏:当初は、市内全児童生徒分のタブレット端末を導入する計画でした。しかし予算の都合上、整備内容の見直しが必要になり、そこで「市全体としての学力向上」「複式学級の指導の充実」という2つの方針のもと、新たに整備内容を検討しました【図1】。

まず、すべての先生にタブレット端末に触れてほしいと考え、全校に教員用のタブレット端末を2~3台配付しました。次に、複式学級での活用を想定して、複式学級のある3校をモデル校に定め、全校児童数分を整備しました。さらに、タブレット端末整備の強い要望があった4校をモデル校に定め、主にグループでの活用を想定して最大学級人数分の端末を整備しました。

山本氏:全国的に見ると、3、4校規模の小さな自治体よりも、志布志市のような10~20校規模の自治体の方が予算が厳しく整備が進みにくい状況にあります。ですから今回の整備は、同規模の自治体においては可能性を感じられる事例だと思います。

志布志市のICT環境

ソフトウェアの質を重視

どのような教科や場面であっても活用できる高い汎用性と安定性を兼ね備えた総合力の高いシステムの整備が必要 梶原 淳(志布志市教育委員会 参事兼指導主事)

山本氏:タブレット端末とともに学習活動をサポートするソフトウェアを導入することにこだわられたと聞いています。

梶原氏:タブレット端末の活用について、先生方の負担感が大きいことは当初から懸念していました。ですから、[カメラ]で撮影して大型テレビに拡大提示する、画像や図に[マーキング]しながら説明する、[カメラ]で板書を撮影して次時に教材として提示するなど、授業で必要な操作を簡単に行える仕組みを有するソフトウェアが欠かせないと考えていました。さまざまなメーカーのソフトウェアを比較検討したり、県内外の先進地域を視察し情報を集めたりした結果、学習活動ソフトウェア『SKYMENU Class』を選定し、導入しました。

選定では、次の3つの点を評価しました。

1つ目は、情報誌や事例集など実際の活用事例に関する「情報提供が充実している」ことです。2つ目は、授業に必要なさまざまな機能を備えつつも、「操作性が良い」ことです。これは端末の右端に表示される「ツールバー」に必要な機能が並んでおり、理解しやすくシンプルに使える印象がありました。そして3つ目は最も重視した点で「性能が良い」ことです。どれだけ機能が充実していても、授業で耐えうる性能を備えていなければ意味がありません。先生方が「使ってみよう」と思える環境づくりにこだわりました。

山本氏:ソフトウェアの質的な面に注目し、「誰でも簡単に使える」という志布志市のニーズに合致するものを選定したわけですね。

梶原氏:どのような教科や場面であっても活用できる高い汎用性と安定性を兼ね備えた、総合力の高いシステムの整備にこだわりました。『SKYMENU Class』は、「教員の活用」から「児童1人1台の活用」まで一つのソフトウェアで幅広いシーンをカバーでき、さらにさまざまなコンテンツ、ソフトウェアと組み合わせて使えますから、先生方に自由な発想で工夫しながら使ってもらえることを期待しています。

シンプルな活用が広がる

山本氏:整備から約1年。学校ではどのように活用されていますか。

【図2】 タブレット端末を持ち歩き、校庭の植物を撮影【図3】 授業後、板書を撮影し、次時の導入で活用池田氏:先生方にとって「タブレット端末を使うこと」と「『SKYMENU Class』を使うこと」は同じです。タブレット端末の電源を入れたらまず『SKYMENU Class』にログオンし、そのまま画面右側に表示される「ツールバー」から使いたい機能を呼び出して使う、という流れが定着してきています。[カメラ]機能で教材やノートの写真を撮影して[投影]する【図2】、[タイマー]で活動時間を区切る、さらには[目隠し付箋]で情報を隠しながら教材を提示するといったシンプルな活用が広がっています。特に複式学級では、授業時間を効率的に利用するための活用が浸透しており、前時の板書を[カメラ]で撮影しておき、それを本時の導入部分で提示して振り返っています【図3】。

山本氏:「タブレット端末を使うこと」と「『SKYMENU Class』を使うこと」は同じであるというのは、非常に興味深いですね。[カメラ]機能など、活用の「入口」ともいえる簡単な使い方から広めていかれたことが普及の大きな要因になったと思います。『SKYMENU Class』1つに絞って整備したことも、先生方がツールの選択に迷うことがなく良かったのではないでしょうか。

一方で、潤ケ野小学校の複式学級では時間管理や間接指導の充実を目的にタブレット端末が利用されていました(関連記事:鹿児島県志布志市立潤ケ野小学校)。間接指導に入る際に、先生が1人の児童に教員機を託し、間接指導中にその児童がほかの児童のノートを撮影。大型テレビに順に投影して発表していくといった姿が見られました。大型テレビに学習者機画面や画面の一覧を常に投影させておけば、他の学年を直接指導しながらも間接指導側の状況が把握できるので効果的です。このような幅広い学校のニーズを、1つのソフトウェアでカバーしていることは整備、活用推進、サポートを担う教育委員会側にもメリットがありますね。

「ICT支援員」の役割

使いやすそうな機能を中心に紹介したり、活用を示したりして、「簡単に使える」という印象を持ってもらえるようにしました 池田 大樹(志布志市教育委員会 ICT支援員)

山本氏:志布志市は、学校のニーズをうまく吸い上げながら環境整備や研修、サポートなどに取り組まれていると思います。どのような内容、体制で取り組まれていますか。

梶原氏:当市には指導主事が3名しかいませんから、今後ますます重要になる情報教育、ICT活用について十分に時間を割けない現状があります。そこで市内のICT活用の推進やサポートを担う「ICT支援員」を「地域おこし協力隊」の制度で募集しました。池田さんが2年前に当課に配属され、それ以来市内21校のサポートを一手に引き受けてもらっています。

彼が配属される以前はトラブルの発見から教育委員会を経由して業者による対処が実施されるまで、時間がかなりかかっていました。彼はフットワークが軽く、トラブルの連絡があればすぐに学校に駆けつけ、先生方の業務への影響が最小になるように努めてくれています。学校からの評判も高く、今では学校から気軽に連絡が来る関係ができています。もし連絡先が私(指導主事)であれば、学校からのトラブルの報告や相談は半減していたのではないかと思います。

池田氏:先生方の業務の手が止まらないように、できる限り速やかな対応を心がけています。ICT支援員の役割はこのようなサポート業務だけでなく、集合研修や学校でICTに関する研修も行っています。特に導入当初は「タブレット端末は難しそう」といった印象が強くありましたから、[カメラ]機能など誰でも使いやすそうな機能を中心に紹介したり、活用例をたくさん示したりして「簡単に使える」ことを印象づけるようにしました。梶原指導主事とは別々の学校で研修をしていることが多いですから、各学校の活用状況や機器の状況について情報共有を密に行うように心がけています。

山本氏:学校の情報を集め、適切な研修計画を立てることで、研修が有意義なものになります。この作業はとても重要なのですが、十分に行えている自治体は少ないと思います。池田さんが学校、教育委員会の担当指導主事と非常に近い距離で仕事ができているからこそ、志布志市の活用が進んでいるのだと思います。市職員として配属されたICT支援員だからこそ、学校と密接な関わりになっているのだと思います。

大学との連携で研修を充実

大学研究者の立場から学校、先生方の取り組みを価値付け、その活用を後押しすることを大切にしたい 山本 朋弘(鹿児島大学 准教授)

梶原氏:研修の充実という面では、平成28年度から当市と鹿児島大学で包括連携協定を結んでおり、さまざまな大学研究者の方から指導助言を受けています。山本先生には、情報教育、ICT活用の分野で関わってもらっています。具体的には情報教育担当者会(年2回)や市内の学校の校内研修に入っていただき、国の最新動向や先進地域の事例、そして専門的な視点から助言をいただいています。先生方、そして私たち教育委員会にとっても良い刺激をもらえています。

山本氏:自分たちの取り組みを客観的に見ることは難しいものです。大学研究者の立場から学校、先生方の取り組みを価値づけ、その活用を後押しすることを大切にしたいと考えています。志布志市は、特定の学校でなく、学校の日程が合えば市内のどの学校にも指導助言に入れます。複数の学校を横断的に見ながら、最適な助言をしたいと思います。

ICT環境整備のステップ

梶原氏:タブレット端末は「主体的・対話的で深い学び」に間違いなく役立つツールです。教材準備の負担を軽減したり、校務に役立てたりと先生方の業務改善にも期待しています。ですから、タブレット端末をより多くの先生方に日常的に使ってもらうために、情報提供や環境整備、活用支援に注力しています。入口の部分を丁寧にやっていくことで活用が広がり、児童生徒の学習への興味関心、意欲の高まりに寄与し、最終的には「主体的・対話的で深い学び」に結びつけられると思っています。

山本氏:「主体的・対話的で深い学び」を教室の中で実現するために、タブレット端末などを有効に活用しようと思えば『SKYMENU Class』のような仕組みが必要です。私が参加していた「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」においても、児童生徒の画面を拡大して提示したり、一覧で表示したりして全員の考えが見えることの重要性が指摘されています。

国の指針という視点で志布志市の整備を見ると「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 最終まとめ(案)」で示される「普通教室のICT環境整備のステップ」に近い形で進んでいます【図4】。Stage1の大型テレビ、実物投影機などの常設化はすでに完了しています。今回のタブレット端末整備で、一部ですがStage3、4の環境も整いました。今後、平成30年度のコンピュータ教室整備を利用して市全体でStage3に向かえれば理想的です。そのための準備として、Stage3の学校で得られたノウハウを市内の学校に広めていく取り組みが重要になります。

梶原氏:平成30年度には、校務用コンピュータの機器更新もありますから、校務用の端末をタブレット端末で整備し、授業と校務の両面で活用する構想を練っています。授業や教材研究で使いやすいように『SKYMENU Class』を導入したいと考えています。授業で利用する上では質が良いことや安定していることが大切です。今後も先生方が使いやすい環境にこだわって整備を進めていきたいと思います。

普通教室のICT環境整備のステップ

(2017年9月取材 / 2017年12月掲載)